市川團十郎家の歴史を振り返ると、「白猿」を名乗った歌舞伎役者は十三代目が初めてではありません。幕末から明治にかけて活躍した七代目市川海老蔵(五代目團十郎の曾孫、七代目團十郎の三男)も、安政6年(1859年)から明治6年(1873年)にかけて「市川白猿」を名乗って舞台に立っていました。
堀越家の家系図において、代々の團十郎は日本の演劇史そのものです。
- 初代 市川團十郎:荒事を創始。成田山信仰を背景に江戸歌舞伎の基礎を確立。
- 二代目 市川團十郎:初代の芸を洗練させ、『助六』などを完成させた不世出の名優。
- 五代目 市川團十郎:文人としても名を馳せ、祖先への謙譲から俳号「白猿」を用いる。
- 七代目 市川團十郎:「歌舞伎十八番」を制定し、現代に続く成田屋の演目を体系化。
- 九代目 市川團十郎:明治期に演劇改良運動を主導し、「劇聖」と称えられた近代歌舞伎の父。
- 十一代目 市川團十郎:昭和の歌舞伎黄金期を築き、気品あふれる美貌で「花の十一代目」と絶賛された当代の祖父。
- 十二代目 市川團十郎:伝統の継承と学術的研究に尽力した当代の実父(2013年逝去)。
- 十三代目 市川團十郎白猿:約9年半の團十郎空位期を経て、2022年に襲名披露を挙行した当代。
2022年11月・12月に歌舞伎座で行われた襲名披露興行では、十三代目團十郎白猿の襲名と同時に、長男・堀越勸玄が「八代目市川新之助」として初舞台を踏みました。歴代の血統と名跡が途切れることなく次世代へと手渡される瞬間は、多くの観客の涙を誘いました。