二人の関係性を語る上で避けて通れないのが、晩年に直面した「認認介護(にんにんかいご)」の現実です。週刊誌のスクープや関係者の手記、過去のドキュメンタリーインタビューにおいて、二人は「兄弟であり、最大のライバルであり、唯一無二の理解者」と語り合ってきました。
2021年冬、福岡でおすぎさんの認知症の症状が進んだことを受け、兄のピーコさんが手を差し伸べる形で、横浜のマンションで約50年ぶりの同居生活をスタートさせました。しかし、この同居が悲劇の引き金となってしまいます。
当時、ピーコさん自身にも初期の認知症の兆候が現れており、認知症を患う人間が別の認知症患者を介護するという極限状態に陥りました。現場を知る関係者の証言によると、「食事の管理や金銭管理を巡って怒鳴り合いが絶えなくなり、互いに被害妄想を抱くようになってしまった」といいます。互いを深く愛し、気遣っているからこそ、衰えていく姿を受け入れられず、激しい感情の衝突へと発展してしまいました。
結果として同居生活はわずか数ヶ月で破綻。おすぎさんはケアマネジャーや行政の判断により施設へと移り、ピーコさんは自宅に取り残される形となりました。強い絆で結ばれた兄弟であっても、病の前では精神論だけで支え合うことは不可能であるという厳しい現実を露呈させました。