『火垂るの墓』を巡る考察で最も重要な事実の一つが、野坂昭如の自伝的原作小説と高畑勲監督による劇場アニメ版の差異です。物語の骨格は原作者である野坂の実体験に基づいています。
野坂昭如自身、1945年6月の神戸大空襲で養父を亡くし、幼い義妹(福代)を連れて西宮の親戚宅(叔母の家)へと身を寄せました。原作小説に登場するおばさんのモデルとなった実在の叔母は、アニメ版よりもさらにドライで厳しい人物として描かれています。しかし、原作における野坂自身の自己評価は、アニメの清太のような「妹思いの清らかな兄」ではありませんでした。
野坂は後に、数々の手記や特番インタビューの中で「自分は配給の米や大豆を、幼い妹に分け与えるのが惜しく、妹の頭を叩いてまで自分で食べてしまった」「西宮を出て福井県へ疎開した際、餓死していく妹を見ながら、どこかでホッとした自分がいた」という壮絶な告白を遺しています。野坂にとって小説『火垂るの墓』は、生き残ってしまった自分自身に対する終生の「贖罪(しょくざい)」の書であり、美化された感動劇では決してありませんでした。
一方、アニメーション映画を手掛けた高畑勲監督は、西宮のおばさんというキャラクターに明確なリアリズムを与えました。作中でおばさんの固有の「名前」は明かされず、クレジット上も「未亡人」あるいは「おばさん」として処理されています。この名もなきおばさんの声を担当したのは、関西を拠点に活動していた実力派女優の山口朱美です。過剰な悪役演技ではなく、どこにでもいる生活感あふれる関西弁のイントネーションが、かえって「生活者の冷たさ」をリアルに際立たせる結果となりました。