実は、裕次郎本人は自分が「肝臓がん」を患っていることを最後まで知らされていなかった。医師から告げられていた病名は「慢性胆管炎」や「肝硬変」といった症状名にとどまっていたのだ。
現代の医療現場では考えられないことかもしれない。今や患者本人へのインフォームドコンセントと病名告知は当然の義務である。しかし、1980年代の日本の医療現場において、本人への「がん告知」は絶望を与え死期を早めるとして、極力伏せられるのが常識だった。
妻のまき子氏や実兄の石原慎太郎氏、そして主治医らは、裕次郎に希望を持たせ続けるために苦渋の選択をした。本人は自らの病を過剰な疲労や肝機能障害と信じ、最後まで「現場へ復帰する」「ハワイでまた泳ぐ」という執念を持ち続けていた。病状を隠し通す家族の葛藤と、期待に応えようとするスターの誇りが交錯した悲しいドラマがそこにあった。