甲羅が柔らかいカニという独立した品種が存在するわけではない。すべての秘密は「脱皮」という生命の営みの中にある。
カニは成長の過程で、硬い外骨格を自ら脱ぎ捨てる。脱皮した直後のカニの体は、まるで上質なシルクのように柔らかく、水分を吸って膨らんだ状態だ。しかし、海水中のカルシウムを取り込み始めれば、わずか数時間で元の頑丈な甲羅へと戻ってしまう。そのごく短い空白の時間、外敵から無防備になる瞬間を捉えて水揚げしたものだけが、この特別な食材として流通するのだ。
主役となるのは主に二つの種だ。ひとつは大西洋沿岸やチェサピーク湾で知られるアオガニ。繊細な甘みと軽やかな風味が持ち味で、アメリカの伝統的なクラブケーキやサンドイッチの主役を張る。もうひとつは、東南アジアのマングローブ林などに生息するノコギリガザミだ。こちらは肉厚で身の締まりが強く、深いコクとパンチのある旨味が際立つ。生息する海域や脱皮のタイミングによって、口に含んだときのテクスチャーは驚くほど多彩に変化する。