本作の作詞を手掛けたのは倉木麻衣本人です。彼女は制作にあたり、映画の脚本を深く読み込み、百人一首に収められた名歌の数々を徹底的に研究したと当時のインタビューで語っています。特に色濃く投影されているのが、在原業平の詠んだ「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」です。
歌詞の冒頭、「我が心に宿る君への想い」を四季の移ろいに重ね合わせる構成は、平安朝から連綿と続く日本の美意識「もののあわれ」そのものです。サビで歌われる「渡月橋 虹架かる」という情景描写には、嵐山の象徴である渡月橋を単なる物理的な建造物ではなく、「遠く離れた想い人と自分を繋ぐ架け橋」に見立てる心理的投影が施されています。
文芸批評の観点から分析すると、この歌詞には「届かない距離への焦燥」と「それでも相手を信じて待ち続ける祈り」の2つの相反する感情が同居しています。倉木麻衣は手記や特番の対談において、「逢いたいけれど、すぐには逢えない。そのもどかしさを、色鮮やかに染まる紅葉と流れる川の水に託した」と明かしています。会えない時間の切なさをただ嘆くのではなく、相手を想うこと自体が自分を強くするという精神的自立が描かれているからこそ、十代の若者から往年のポップスファンまで幅広い世代の胸を打つのです。