公判廷における遠藤裕喜の振る舞いは、多くの傍聴人や記者に異様な緊張感と違和感を与えました。初公判当初、被告は起訴内容を淡々と認め、感情を表に出すことはほとんどありませんでした。質問に対して小声で短く応じる姿は、自らが犯した凶悪事件の当事者というよりも、どこか他人事のように事態を傍観しているかのような印象を与えたと報じられています。
しかし、遺族による意見陳述や、被害者の無念が法廷に響き渡る場面では、時折視線を落とし、微動だにせず聞き入る姿も見られました。証言台に立った被告が語ったのは、遺族への表面的な謝罪の言葉とともに、「自分には生きている価値がない」「死刑を受け入れる覚悟がある」という自暴自棄にも似た投げやりな心理でした。
SNSやネット掲示板上では、公判中の発言を巡って「反省の姿勢が見られない」「自己憐憫に浸っているだけではないか」といった厳しい批判が噴出しました。自らの命を絶ちたいという破滅願望と、他者を巻き込んで破滅させようとする攻撃性が表裏一体となっていた様子が、公判を通じて浮き彫りになりました。