ファンのコミュニティやSNS上で定期的に考察されるのが、ギャグ描写とシリアス描写における「目のスイッチング」です。
作中で頻繁に登場する「目がぐるぐる(同心円・渦巻き)」になる演出は、パニック状態や極度の困惑を表す記号として多用されます。吾峠呼世晴先生の作劇スタイルは、壮絶な命のやり取りが続く重厚な物語の中に、独特のユーモアを差し挟むことで読者の心理的負荷を緩和する構造になっています。このデフォルメされた瞳の表現は、キャラクターたちが過酷な運命を背負いながらも、根底には素朴な少年少女であるという人間味を強調する役割を果たしています。
対照的なのが、我妻善逸が見せる「開眼」の瞬間です。善逸は普段の恐怖から失神し「眠り」に落ちることで本領を発揮しますが、無限城編での兄弟子・獪岳との決戦では最初から最後まで一度も眠ることなく、鋭く見開いた瞳で対峙しました。この「覚醒した瞳」は、逃避を捨てて自らの過去と責任に真っ向から向き合う精神的成熟を象徴しており、読者に強いカタルシスを与える名シーンとなっています。