佐田啓二(本名:中井寛一)は、1926年(大正15年)12月9日、京都市下京区の商家に生まれました。京都府立第二中学校を経て早稲田大学専門部政治経済科に進学。大学在学中、当時すでに松竹の大スターであった俳優・佐野周二(関口宏の実父)の私邸に下宿したことが、その後の運命を決定づけます。
佐野周二に見出された中井青年は、芸名の苗字を「佐野」から佐、名前を「周二」から二、さらに「啓」の字を組み合わせた「佐田啓二」と命名され、1947年(昭和22年)に松竹大船撮影所へ入社しました。同年の映画『不死鳥』で、日本映画界の至宝・田中絹代の相手役という異例の抜擢を受け、銀幕デビューを飾ります。
若い頃の佐田啓二は、戦前の二枚目俳優が持っていた旧来の泥臭さを排し、清潔感と都会的なスマートさ、そして哀愁を秘めたノーブルなルックスで瞬く間に女性ファンを魅了。戦後日本の復興期において、新しい時代の幕開けを象徴するインテリジェンスとモダンな気品を兼ね備えたスターとして、階段を駆け上がっていきました。