小和田家が「華麗なる一族」と評される最大の要因は、財閥のような富の蓄積ではなく、近現代における圧倒的な知的実績にあります。その契機となったのが、雅子さまの祖父にあたる小和田毅夫(たけお)氏の歩みです。
毅夫氏は村上市に生まれ、苦学の末に広島高等師範学校を卒業。その後、新潟県内の名門校である新潟県立高田高等学校の校長や新潟県教育委員会の教育長・委員長を歴任しました。教育現場における毅夫氏は極めて厳格かつ温厚な教育者として知られ、地域の近代公教育の礎を築いた人物として顕彰されています。当時の教え子たちや同僚の回想録によれば、「職務において私情を挟まず、読書と思索を愛する真の学究肌」であったと伝えられています。
その薫陶を受けて育ったのが、次男である小和田恆(ひさし)氏です。恆氏は東京大学を卒業後、外務省に入省。条約局長、外務事務次官、国連大使を歴任し、戦後日本外交の中枢を担いました。退官後の2003年からはオランダ・ハーグにある国際司法裁判所(ICJ)の判事に選出され、2009年には日本人として初となる国際司法裁判所所長に就任。国際紛争の平和的解決に尽力しました。
2018年にICJ判事を退任して帰国した後は、日本国際問題研究所などで名誉職を務めつつ、次代の国際法学者の育成に静かに携わっています。地方の一教育者の家庭から、世界最高峰の司法国際機関のトップを輩出するに至った小和田家の軌跡は、まさに「実力主義の近現代日本」を象徴する歩みと言えます。