2000年代後半、携帯電話の普及とブロードバンドの急速な拡大に伴い、芸能人の不祥事はかつてないスピードと密度で消費されるようになった。その渦中に置かれたのが、有名スキーショップの御曹司でありプロサーファーとしても活動していた彼だった。事件当時は連日連夜、自宅周辺に報道陣が殺到。私生活の隅々までが暴かれ、連日ワイドショーのトップニュースとして扱われた。
「当時は情報が錯綜し、ファクトと偏見の境界線が極めて曖昧だった」と、当時取材を担当したベテラン芸能記者は振り返る。狂乱の報道合戦が去ったあとに残されたのは、社会からの冷ややかな視線と、一度躓いた人間が立ち直ることの圧倒的な難しさだけだった。過熱したバッシングは、彼のその後の人生に決定的な影響を及ぼすこととなる。