なぜ飲料メーカーは、未だに「ビタミンC 1,000mg配合」という実数表記と並列して、わざわざ「レモン50個分」という比喩表現を使い続けるのでしょうか。その背景には、行動経済学でいう「フレーミング効果」と、消費者の直感に訴えかける強力な心理的誘導が存在します。
「ビタミンCが1,000mg(=1g)」と聞かされても、多くの人はそれがどれほどの価値を持つのかピンときません。1gという数値は、物理的な質量としては耳かき数杯分に過ぎず、視覚的にも情緒的にもインパクトに欠けるためです。しかし、これが「レモン50個分」と言い換えられた瞬間、脳内には山積みにされた黄色いレモンの山が想起されます。「酸っぱくてとても食べきれないはずのレモン50個分の栄養を、この1本のボトルで一瞬にしてチャージできる」という強烈なコストパフォーマンス感と高揚感が、消費者の購買意欲を瞬時に刺激するのです。
現場の開発関係者は、オフレコを条件にこう内情を打ち明けます。
「工場で添加されているのは、トウモロコシのデンプンなどを原料に発酵法で作られた純度99%以上の合成アスコルビン酸です。コストは1本あたり数円にも満たない。そこにレモン50個分の換算値を載せるだけで、健康的な高付加価値商品へと様変わりします。もちろん成分自体は天然のものと分子構造上まったく同一ですが、消費者が買っているのは物質そのものというより、『レモン50個分を飲み干す』という爽快なイメージ体験なのです」
SNSやネット掲示板上でも、「風邪を引いたときはとりあえずレモン〇個分の炭酸を飲むのが正義」「20mg換算だと知ったときは騙された気分になったが、プラセボ効果も含めて元気になるから買い続けてしまう」といったリアルな声が散見されます。実態が果汁換算の20mgベースであると知った後でも、記号化された「レモン神話」の魔力から完全に逃れることは容易ではないようです。