日本における知財保護の歩みは、架空のコミカルさとは対照的に、血の滲むような産業闘争の歴史である。明治期、欧米列強の技術攻勢に対抗するため、初代専売特許所長を務めた高橋是清らが心血を注いで整備したのが特許法の骨格だった。
その恩恵を一身に受け、日本のものづくりを世界水準へ押し上げた象徴が、自動織機を発明した豊田佐吉だ。佐吉は生涯で数十に及ぶ特許を取得し、その権利を守ることでトヨタグループの強固な礎を築いた。「発明によって国家に報いる」という佐吉の理念は、まさに法制度という防壁があって初めて成立したものだった。もし当時、適正な審査機関が存在せず、ただの「お役所の許可」程度で片付けられていたなら、現代の日本産業はまったく別の姿になっていただろう。