尾田栄一郎氏の卓越した作劇が光るのは、この名言が放たれる直前に描かれた、酒場での「チェリーパイと飲み物」をめぐる徹底的な対比描写です。
カウンターに並んで座ったルフィと黒ひげは、全く同じチェリーパイを食べ、同じドリンクを口にします。しかし、その感想は見事なまでに真逆でした。
ルフィが「死ぬほどまずい!」と叫べば、黒ひげは「死ぬほどうめェ!」と絶賛する。ルフィがドリンクを「死ぬほどうめェ!」と気に入れば、黒ひげは「死ぬほどまずい!」と吐き捨てる。一見するとコミカルな食の好みの不一致ですが、これは両者が「同じ海賊王という頂点を見据えながら、本質的なアプローチと哲学が180度異なるコインの裏表」であることを視覚的・生理的に印象づける秀逸な演出でした。
精神分析学におけるカール・ユングの概念を借りるならば、黒ひげはルフィにとっての「シャドウ(影の自己)」そのものです。自由を愛し、仲間の笑顔のために権力を嫌うルフィに対し、黒ひげは綿密な計算と冷徹な裏切りを重ね、支配と暴力を肯定しながらも「夢」や「運命」を盲信する男。同じ「Dの意志」を宿しながら、光と影のように反発し合う運命が、モックタウンのチェリーパイから幕を開けていたのです。