フランベに関する最大の誤解は、「炎を派手に高く上げれば上げるほど料理が美味しくなる」という思い込みです。鉄板焼き店で天井近くまで火柱を立ち上がらせるパフォーマンスは、あくまでエンターテインメントとしての演出であり、過度な火柱は食材の表面を無駄に炭化させ、デリケートな香気成分まで焼き切ってしまう要因になります。
調理科学の研究知見において、アルコール燃焼による風味定着に必要な炎の継続時間はわずか数秒から十数秒とされています。青白い炎がフライパンの縁を静かに這う程度の火加減が、肉のジューシーさを損なわず、香りのみを浸透させる理想形です。激しいオレンジ色の炎が轟音とともに立ち上っている状態は、肉から溶け出した脂質そのものが酸化燃焼している警告サインであり、旨味の向上どころか脂の劣化を招いています。
また、「フランベを行えばアルコールは100%消失するため、子どもや妊婦でも完全に安心である」という言説も正確ではありません。米国農務省(USDA)の加熱調理におけるアルコール残留率データによると、フランベ直後の料理であっても投入したアルコールの約75%が残存しているという分析結果が示されています。炎が上がっている時間は短く、液中に溶け込んだエタノールすべてが気化して燃焼し尽くすわけではないためです。アルコールに極端に弱い体質の人や乳幼児に提供する場合は、フランベではなく、しっかりと数分間沸騰させてアルコール分を飛ばす「煮切り」の工程を別個に踏む必要があります。