日本全国に酒販店が星の数ほど存在するなかで、四ツ谷の鈴傳が別格の敬意を払われる理由は、日本の日本酒史そのものを塗り替えた実績にあります。
戦後の高度経済成長期、日本の清酒市場は大手メーカーによる「ナショナルブランド(灘・伏見などの大手銘柄)」が流通の大半を牛耳っていました。地方の小さな蔵元が丹精込めて醸した個性豊かな酒は、全国流通の波に乗れず、淘汰の危機に瀕していたのが実情です。そうした状況下、いち早く地方の銘酒が持つ底力に着目したのが鈴傳でした。蔵元へ直接足を運び、タンクごと買い付け、酒造りの哲学を共有しながら東京の消費者に届け続けたことが、1970年代から巻き起こる「第1次地酒ブーム」の導火線となったのです。
さらに鈴傳の名を決定づけたのが、店舗の奥・地下スペースを改装して誕生した「スタンディングバー鈴伝」の存在です。従来の角打ちといえば、酒屋の店先で乾き物や缶詰をつまみにコップ酒をあおる労働者のための簡易酒場でした。しかし鈴傳は、自社が厳選した最高峰の地酒を、板前仕込みの手作り料理とともに立ち飲みで味わう「テイスティングサロン」へと昇華させました。酒屋直営だからこそ可能な徹底した温度管理と圧倒的な原価率の高さが、多くの日本酒ファンを熱狂させ、「聖地」と呼ばれる礎を築き上げました。