平成以降に生まれた世代の中には、中村玉緒を「さんまの番組で笑っていた面白いおばあちゃん」と認識している人が少なくありません。しかし、これは大きな誤解です。
彼女がバラエティ番組で見せた絶妙な間(ま)やリアクションの面白さは、溝口健二や市川崑といった日本映画界の巨匠たちに鍛え上げられた演技の本能がベースにあります。「求められている空気を瞬時に察知し、自分を演じきるプロフェッショナリズム」があったからこそ、明石家さんまをはじめとする一流芸人たちからも深くリスペクトされていました。
また、「若い頃は親の七光りで売れた」という言説も事実無根です。鴈治郎の娘という看板は初期の注目には繋がったものの、当時の大映京都撮影所は実力主義の厳しい現場でした。年間十数本の過密スケジュールをこなし、現場で泥まみれになりながら磨いた演技力があったからこそ、彼女は大映解散後も生き残ることができたのです。