唯我という配信者を語る上で欠かせないのが、ニコニコ生放送の草創期における圧倒的な影響力です。2010年代初頭、いわゆる「喧嘩凸」や「アウトロー配信」というジャンルを開拓し、独特のダミ声と強気な語り口で数千人から数万人規模の同時接続リスナーを集めていました。「ニコ生の四天王」などと称されることもあり、当時のネットカルチャーを象徴するアイコンの1人だったことは間違いありません。
一方で、その生い立ちや経歴は波乱に満ちていました。自ら語っていた複雑な家庭環境や過去の非行歴、度重なる逮捕歴など、危うさと隣り合わせの人生でした。しかし、配信のカメラの前ではどこか憎めない愛嬌やトーク力の高さを発揮し、多くの熱狂的なファンやアンチを惹きつけ続けました。大手配信プラットフォームのアカウント停止(BAN)を何度も経験しながらも、ツイキャスやYouTube、ふわっちへと拠点を移し、ネット配信を生活の中心に据え続けていたのです。