信子さまと寛仁親王の間には、1981年に長女の彬子さま、1983年に次女の瑶子さまが誕生されました。しかし、結婚生活は平坦な道ばかりではありませんでした。寛仁親王が複数回にわたるがんの手術やアルコール依存症の治療を受けられるなか、信子さま自身も看病の負担や皇室特有の環境による心労が重なり、体調を崩される事態が続きました。
2000年代半ば以降、信子さまは療養のため軽井沢の別荘や実家の麻生邸、そして東京都千代田区にある旧宮内庁長官公邸(宮内庁分庁舎)で生活を送られるようになり、赤坂御用地にある寛仁親王邸とは物理的に離れて暮らす「別居生活」が報じられることとなりました。
2012年に寛仁親王が薨去(こうきょ)された後も、信子さまは直ちに旧寛仁親王邸へ戻られることはなく、分庁舎を生活の拠点としながら独自にご公務や復帰への道筋を整えられました。この住まいを巡る経緯は、皇室報道において様々な臆測を呼びましたが、背景には心身の健康回復と自立した生活リズムの確立という切実な事情が存在していました。