当時、現場へ派遣された東京消防庁や各自治体の消防隊員たちは、作戦終了後も定期的な健康診断やホールボディカウンターによる内部被曝検査、WBC測定などのフォローアップを受けています。
現地に赴いた隊長の一人は、後年のインタビューで「家族へ遺書のようなメールを残して出発した隊員もいた。しかし現場では恐怖よりも、今ここで水を入れなければ日本が壊滅するという使命感しかなかった」と当時の心理状態を振り返っています。
現在に至るまで、放水部隊に参加した隊員から急性放射線障害による死亡や特異な健康被害の集団発生は報告されていません。緻密な線量計算と退避計画、そして特殊防護服の適切な着用が、隊員たちの命を守り抜いた証左といえます。