談志が掲げた立川流真打昇進基準は、落語界の常識を覆す過酷なものでした。二ツ目昇進には古典落語50席の習得に加え、都々逸やかっぽれ、長唄、鳴り物などの歌舞音曲が義務付けられ、真打昇進には古典落語100席と「一般教養」、そして何より「観客を自力で呼べる実力」が要求されました。
さらに世間を驚かせたのが「上納金制度」です。前座が月1万円、二ツ目が月2万円(時期により変動)を家元に納めるという仕組みは、「弟子から金を巻き上げている」と外部から激しいバッシングを受けました。しかし、談志の手記や門下生の手記によれば、その真意は「芸で飯を食う厳しさを骨の髄まで叩き込むため」でした。寄席の手当に甘えることなく、バイトをしてでも金を工面し、一日も早く芸一本で稼げるプロになれという強烈なメッセージだったのです。
そして、立川流の歴史を語る上で欠かせないのが立川流破門の真相です。談志は弟子の弛みや常識の欠如を絶対に許しませんでした。最も有名なエピソードが、1980年代後半に起きた「前座全員破門事件」です。談志が激怒した理由は、前座としての気配りや自覚の欠如でした。破門を解く条件として談志が課したのは、「築地の魚河岸で働き、社会の厳しさと人情を学んでこい」という過酷な試練でした。
立川談春の自伝的エッセイ『赤めだか』にも克明に描かれている通り、弟子たちは深夜の魚河岸で泥まみれになって働きながら、師匠の課す課題に向き合い続けました。感情的な八つ当たりに見える破門劇も、その深層には「甘えの構造を断ち切り、一人の独立した表現者として自立させる」という、談志ならではの冷徹かつ深い愛情に満ちた教育的意図が存在していました。