近年の「錦島親方」という呼称において、多くのファンが真っ先に思い浮かべるのが元関脇・豊ノ島です。高知県宿毛市出身の豊ノ島は、小柄な体躯を活かした鋭い立ち合いと左四つの相撲で大関・横綱を幾度も破り、土俵を大いに沸かせました。土俵外でも人懐っこい笑顔と軽妙なトークで愛され、相撲界屈指の人気力士でした。
2026年4月に現役引退を発表した豊ノ島は、当初「井筒」を襲名して時津風部屋で後輩の指導にあたりました。その後、2026年1月に「錦島」へ名跡変更を行い、NHKの大相撲中継では力士目線のわかりやすく熱のこもった解説で視聴者から絶大な支持を集めていました。
しかし、2026年1月4日、日本相撲協会から豊ノ島の退職が正式に発表されました。将来の相撲界を背負う指導者として期待されていた中での電撃退職は、相撲ファンや関係者に大きな衝撃を与えました。報道各社の取材や本人の公式発信によると、退職の最大の要因は年寄株の正式取得の難しさにありました。
豊ノ島が襲名していた錦島の名跡は「借株(一時的な借用)」であり、正規の所有権を持つ親方株を自ら取得することが極めて困難な状況にありました。日本相撲協会の規定上、借株での在任期間には一定の猶予制限が存在し、恒久的に協会に残るためには自前の株を確保しなければなりません。株の空き状況や金銭的条件、一門内の継承順位などの壁に直面した結果、豊ノ島は相撲協会を離れ、タレントやスポーツコメンテーターとして新たな道を歩む決断を下したのです。