家族社会学やメディア論の枠組みでこの現象を捉えると、「公的領域で活躍する女性へのまなざしの暴力性」という古くて新しい問題に帰着する。特に日本では、女性アスリートが実績で評価される一方、ルックスや愛嬌といった“女性性”を付加価値として求められる傾向が根強い。イボミ選手が「癒やし系」「スマイル」と形容されてきたこと自体は事実だが、その記号が匿名空間で性的な語彙に変換されるプロセスこそが問題の本質である。
心理学的には、これは「脱個人化」によって説明できる。実名で活躍する著名人をあたかも“公的な記号”として扱い、匿名のまま性的な評価を下す行為は、加害意識を大幅に低下させる。検索エンジンのサジェストは、その脱個人化された欲望を“みんなが検索している言葉”として正統化してしまう危険性を持つ。
イボミ選手に限らず、アスリートや著名人に対する「名前+えろ」検索は、本人の人権と尊厳を毀損する潜在性を持つ。読者ひとりひとりが、その検索行動が何を再生産しているのかを自覚することが、健全なネット文化への第一歩となる。