堺孝行の伝説を語る上で外せないのが、現代の名工たちの存在だ。鍛造を一手に担う伝統工芸士・土井逸夫は、父である名匠・土井敬次郎の技を継承し、鋼の結晶を極限まで微細化する独自の低温鍛造を貫く。鉄と鋼が火花を散らす炉の前で、鋼材のわずかな温度変化を目と肌で感じ取り、最適なタイミングで鎚を打ち下ろす。その手から生まれるブレードは、硬度と粘り強さを完璧なバランスで両立させる。
そして、鍛え上げられた鋼に命を吹き込むのが研ぎ師の仕事だ。伝統工芸士・山塚尚剛が手掛ける刃付けは、まさに神業の領域。回転する巨大な水砥石に刃を当て、指先のわずかな感覚だけでミクロン単位の歪みを取り除いていく。刃先の厚み、食材の離れを左右する美しい「蛤刃(はまぐりば)」のカーブ。山塚の砥石を通過した包丁は、紙を撫でるだけで抵抗なく両断するほどの恐るべき刃線を手に入れる。
鍛冶と研ぎ。ふたりの天才が交差する瞬間にのみ、食材の細胞を傷つけず旨味を閉じ込める至高の和包丁が完成する。