後期型を語る上で避けて通れないのが、「アトムレンズ」と呼ばれる放射性ガラスの存在です。1960年代から1970年代初頭、各光学メーカーはガラスの屈折率を高めつつ色収差(色ズレ)を極限まで抑える夢の新素材として、希土類元素である「酸化トリウム」をガラス原料に高濃度で混入させました。旭光学だけでなく、ライカやキヤノンなど世界の名門もこぞって採用した当時の最先端技術です。
このアトムレンズに関して、ネット上では「人体に有害ではないか」「所持しているだけで危険ではないか」という不安の声が定期的に浮上します。しかし、結論から言えば、日常的な写真撮影や携行において健康被害が生じるリスクは無視できるレベルです。
放射線測定器(ガイガーカウンター)による実測データでは、レンズ後玉に検出器を密着させた状態で毎時数マイクロシーベルト(μSv/h)程度のガンマ線・ベータ線が検出されます。しかし、放射線量は距離の2乗に反比例して急激に減衰します。カメラボディに装着した状態では、マウント金具、カメラ本体のシャッター幕、センサーシールド、外装マグネシウムによって大半が遮蔽され、撮影者の身体が受ける被曝量は自然界から日常的に浴びている自然放射線(宇宙線や大地からの放射線)と統計上識別できない微量に留まります。後玉を直接目に密着させて何十時間も凝視し続けるような異常な使い方をしない限り、過度に恐れる必要はまったくありません。
一方、実写上の明確なデメリットとなるのが「ガラスの黄変(ブラウニング現象)」です。トリウムが自発的に放つ放射線が半世紀以上の年月をかけてガラス内部の結晶構造を傷つけ、光の吸収特性を変えてしまう「Fセンター(色中心)」という物理現象を引き起こします。これにより、後期型の後玉はまるで紅茶や琥珀を通したかのような強い黄色に変色してしまいます。
この黄変はデジタルカメラであればオートホワイトバランス(AWB)の補正でかなり相殺できますが、カラーネガフィルムでの撮影や、厳密なスキントーン再現を求めるポートレートでは肌色がくすむ原因になります。ただし、このFセンターは「強い紫外線(UV光)を照射することで格子欠陥が修復される」という可逆的な性質を持っています。市販のネイル硬化用UV-LEDライト(波長365nm〜395nm程度)をレンズ後玉に向けて24時間〜48時間ほど照射し続けるメンテナンスを施すことで、黄変を劇的に解消し、ほぼクリアな状態まで光学系を復元させることが可能です。