数の子の親魚は、冷水域を回遊する海水魚の「ニシン(鰊/鯡)」です。ニシンは体長30〜35cmほどに成長するマイワシに似た魚で、かつて日本の日本海沿岸、とりわけ北海道において「鰊御殿」が建ち並ぶほどの空前絶後な水揚げ量を誇った歴史があります。
では、なぜ「サケの子=イクラ(または筋子)」「タラの子=たらこ」と呼ぶのに対し、ニシンの卵だけは「ニシノコ」ではなく「数の子」と呼ばれるのでしょうか。その答えは、日本の言語文化と地域方言の変遷にあります。
室町時代から江戸時代にかけて、北海道や東北地方の北部では、ニシンのことを「カド(またはカドイワシ)」と呼んでいました。この「カド」の卵であることから、当初は「カドの子(かどのこ)」と呼ばれていたものが、時代を経て音便変化を起こし、「カズノコ」へと訛っていったと記録されています。
さらに、一腹の卵巣の中に無数(数万〜十数万粒)の卵がぎっしりと詰まっていることから、「数が多い子」という意味を込めて「数の子」という縁起の良い漢字が当てられるようになりました。古文書や当時の食文化記録を紐解くと、室町幕府の第13代将軍・足利義輝に献上された記録にもすでに「数の子」の表記が見られ、500年以上の長きにわたりこの呼称が日本人に定着していることが確認できます。
なお、市場流通における「ニシンの卵」と「数の子」という言葉には明確な使い分けが存在します。生の状態や未加工の卵巣そのものを学術・原材料名として「ニシンの卵(原卵)」と呼ぶのに対し、食塩漬けや天日干しなどの加工工程を経て食材・食品として完成したものを「数の子」と定義するのが水産業界の通例です。