王恭子夫人(旧姓:小八重 恭子)の人物・経歴を振り返ると、その生涯は常に王貞治氏の勝負師としての人生と共にありました。二人の馴れ初めは、王氏が読売ジャイアンツの若き主砲として頭角を現していた1960年代初頭にさかのぼります。
恭子夫人は当時、非常に聡明で気品ある女性として知られており、共通の知人を介して出会いました。約6年間の交際期間を経て、巨人がV9の快進撃をスタートさせた直後の1966年(昭和41年)12月に結婚。当時26歳だった王氏を、精神面・健康管理面の両面から完璧に支え始めました。
夫婦の間には3人の女の子が誕生し、家族構成は夫妻と三姉妹の5人家族となります。 長女の理香さん、次女でタレント・食育料理研究家として知られる王理恵さん、三女の理菜さんです。すべて名前に「理」の文字が使われており、王貞治氏の誠実で一本筋の通った教育方針と、恭子夫人の愛情深い育て方のもとで成長しました。
特にプロ野球選手の家庭として、夫が遠征で家を空けることが多い中、恭子夫人は家庭の防波堤となり、子育てと家督の維持を一手に引き受けました。次女の王理恵氏は後のメディア取材や著書の中で、「母は父が野球に100%集中できるよう、家庭内の些細なトラブルや苦労を一切父に見せない人だった」と述懐しています。食事の栄養管理から来客の応対、過熱するマスコミ対応まで、昭和のプロ野球界を代表する理想的な「内助の功」を体現した女性でした。