近年、Netflixをはじめとするグローバル動画配信プラットフォームの台頭により、映像制作業界では実録犯罪(トゥルー・クライム)を題材としたドキュメンタリーやドラマの制作が世界的なブームを迎えている。昭和・平成を代表する凶悪事件である松山ホステス殺人事件も例外ではなく、海外からの関心も高まっている。
しかし、エンターテインメントとして消費される一方で、残された加害者家族や被害者遺族のプライバシー保護を巡る倫理的議論が熱を帯びている。劇的な逃亡劇の裏で、顔を隠して生きなければならなかった福田和子の息子のような存在をどう描くべきか。単なるスリルとして歴史を消費するのではなく、犯罪が遺族や家族の人生に落とす影の深さを省みる視点が、現代の映像表現には強く求められている。