では、なぜ「もし」と1回だけではなく、「もしもし」と2回繰り返して発話する習慣がついたのでしょうか。これには工学的な実用性と民俗学的な背景という2つの側面が存在します。
第一の実用的理由は、黎明期の通信回線の品質問題です。明治初期の電話機は送話器や受話器の感度が極めて低く、ノイズや回線の途切れが頻発していました。そのため、第一声の最初の一音が聞き取れなくても、2回繰り返すことで相手に確実に呼びかけを届ける「音声確認テスト」の役割を果たしていました。
第二の興味深い民俗学的背景が、「狐(きつね)や妖怪は言葉を繰り返して言えない」という古来の民間伝承です。日本では古くから、狐や化け物が人を化かす際、言葉を一度しか発しないと信じられていました。姿が見えない相手と通信する電話という未知の機械に対して、初期の人々が抱いた心理的不安を和らげるため、「私は化け物ではなく正真正銘の人間です」という証明として「もし、もし」と2回繰り返したという説が伝わっています。