ここで注目したいのは、淀殿の息子である豊臣秀頼の体格だ。秀頼は身長約180cm、体重も100kgを超えていたという説がある。これは当時の男性平均から見て30cm近くも高い、驚異的な数字だ。 秀吉は小柄だったことで有名だが、秀頼がここまで長身だったとすれば、母・淀殿の血筋に体格を決定づける要素があった可能性が指摘される。淀殿の父は近江の戦国大名・浅井長政。母は織田信長の妹・お市の方。お市は「絶世の美女」として語り継がれるが、その身長や体格については記録がない。 浅井三姉妹——茶々(淀殿)、初、江。この三姉妹の身長や体格を比較できる史料は残念ながら存在しない。ただ末妹・江は徳川二代将軍秀忠の正室となり、三代家光を産んだ。家光の体格から見ても、浅井家の血筋が極端に小柄だったとは考えにくい。 ネット上には「淀殿=170cm超え」という説も散見されるが、これは秀頼の長身から逆算した推測に過ぎない。戦国女性の平均値からかけ離れており、史料的な裏付けはない。
淀殿の身長は何Cm?戦国女性の平均と肖像画から読み解く真実
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