相手を思いやる気持ちから発した言葉が、なぜ社内の上長や取引先の重役に対して非礼とみなされるのか。その背景には、日本語の敬語体系が持つ文法的な力学が存在します。
「お身体に気をつけて」というフレーズを品詞分解すると、接頭辞「お」に名詞「身体」、助詞「に」を挟み、動詞「気をつける」の連用形「気をつけ」に接続助詞「て」が連なった構造をしています。この語尾の「〜て」は、親しい間柄での「座って」「待って」と同様に、本質的には相手に行動を促す命令・指示の形を簡略化したものです。末尾に「ください」を補って「お身体にお気をつけください」とした場合でも、「相手に対して注意を払うよう求める」という構図そのものは変わりません。目上の人間が目下の人間に対して指導や助言を与える際に適した物言いであり、下位の者が上位の者に向ける表現としては語勢が強すぎるという見解が根強く残っています。
表記の面でも混同されがちな論点が存在します。それがお身体とお体の違いです。公用文や新聞表記を規定する常用漢字表においては「体」が本則とされており、一般的な健康状態や肉体を指す場合は「お体」と記すのが通例です。一方の「身体」は、心身両面を含む全人格的なニュアンスや、手紙文における伝統的な美称として広く定着してきました。ビジネス文書において「お身体」を用いること自体は間違いではありませんが、格式を重んじる官公庁や厳格な業界宛てのメールでは、常用漢字に準拠した「お体」を選ぶほうが無難とされる場面も少なくありません。