では、なぜ梅干しのように栄養面でプラスに働く組み合わせまでもが「絶対に食べてはならない」と語り継がれてきたのでしょうか。そこには、江戸時代から明治初期にかけての生活環境と社会通念に深く根ざしたうなぎの食べ合わせ迷信説の成立構造が存在します。
第一の説は、「贅沢の戒め」と「過食防止」です。うなぎは江戸時代中期以降、蒲焼きの調理法が確立されると庶民にとって最高峰の贅沢品となりました。一方、梅干しは酸味によって唾液や胃液の分泌を活発にし、食欲を刺激する効果があります。高価なうなぎを梅干しの作用で何杯もおかわりして散財してしまうことを防ぐため、商家や家庭内で「食べ合わせが悪い」と方便を使って戒めたという説が、民俗学の分野でも有力視されています。
第二の説は、「鮮度判別の阻害防止」です。冷蔵技術が皆無であった時代、うなぎをはじめとする魚介類の腐敗は命に関わる大問題でした。傷んだ魚は酸味や異臭を放ちますが、酸味の強い梅干しを同時に口にすると、うなぎが痛んでいるかどうかの味覚的判断が狂ってしまいます。食中毒のリスクを未然に回避するための生活防衛の知恵として、組み合わせを厳禁したという見解です。
さらに古典的な背景として、中国の陰陽五行思想に基づいた養生論の影響も無視できません。温める性質(陽)と冷やす性質(陰)の衝突として食材を分類する中で、極端な組み合わせを忌避する価値観が定着していきました。現代から見れば非科学的に映る伝承も、当時の限られた科学的知見の中で生命と財産を守るための合理的な生活規範であったと言えます。