晩年の渡哲也さんを最も苦しめたのは、長年の喫煙習慣や加齢が引き金となった肺気腫(COPD)をはじめとする呼吸器疾患でした。階段を数段上がるだけでも激しい息切れを伴う過酷な病状であり、日常生活では酸素吸入器(携帯型酸素ボンベおよび鼻カニューレ)が手放せない状態となっていました。
当時、現場を目撃した制作関係者や広告代理店スタッフの証言からは、渡さんの凄絶な執念が窺えます。
「収録スタジオの控室では酸素チューブを鼻に通して肩で息をされていましたが、本番の合図がかかる直前に自らチューブを外し、背筋をピンと伸ばしてマイクの前に立ちました。カメラが回っている間は一切の苦しい素振りを見せず、あの深みのある低音ボイスを響かせていた。プロとしての気概にスタッフ全員が息を呑みました」(CM撮影に立ち会った関係者の証言)
2019年夏に行われた宝酒造「松竹梅」のCM撮影(石原裕次郎さんとの50周年の節目となる共演作)が、渡さんにとって生涯最後の映像出演となりました。限界に達した肉体に鞭を打ち、ファンと恩人に対する最後の責務を全うした瞬間でした。