Expo'70パビリオンの現在と別館の全貌!旧鉄鋼館の見どころ完全解剖

Expo'70パビリオンの現在と別館の全貌!旧鉄鋼館の見どころ完全解剖

Expo'70パビリオンの現在と別館の全貌!旧鉄鋼館の見どころ完全解剖に関する深掘り解説を丁寧に解説いたします。

1970年当時、会場内には国内外あわせて116ものパビリオンが乱立していました。公式資料の大阪万博1970パビリオン一覧を紐解くと、アポロ計画の「月の石」で長蛇の列を作ったアメリカ館、天を突く超高層建築だったソ連館、日本屈指の企業連合が威信をかけたみどり館や富士グループパビリオンなど、空前絶後の未来都市が出現していたことがわかります。

しかし、万博閉幕後、それらの実験的パビリオンのほぼすべては解体・撤去されました。現在、広大な万博記念公園の敷地内を歩くと、かつてのパビリオン跡地には銘板(記念プレート)やモニュメントがひっそりと設置され、芝生や樹木に覆われた静かな憩いの場へと姿を変えています。「お祭り広場」の大屋根やエキスポタワーが姿を消す中、なぜ鉄鋼館だけが取り壊しを免れ、現在の姿で残されたのでしょうか。

その背景には、建物の構造的特徴と保存運動の歴史があります。旧鉄鋼館は、前川國男氏の設計による重厚な鉄骨トラス構造を採用しており、博覧会の仮設建築としては異例なほど恒久建築に近い強度と耐久性を備えていました。閉幕後、多くの建物が耐久年数やアスベスト、維持費用の問題から姿を消す中、鉄鋼館は「博覧会の記念物」として大阪府へ移管。長らく非公開のまま資材倉庫として眠り続けていたものの、2010年の万博40周年を契機に耐震補強とリニューアルが施され、記念館として奇跡の復活を遂げたのです。

林 結菜
著者

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。