かつて日教組の絶対的リーダーとして君臨し、日本の教育労働運動を牽引したのが槇枝元文(まきえだ もとふみ)元委員長である。彼は労働組合としての権利主張を徹底し、官公労全体の闘争を牽引するカリスマ的存在として知られた。槇枝時代の強力なリーダーシップにより、日教組は社会主義的な平和教育や反戦運動の前面に立ち、政界をも揺るがす影響力を行使した。
だが、その強硬路線は運動の推進力となった一方で、世論の強い反発も招いた。闘争至上主義に対する冷ややかな視線や、学校現場の混乱を懸念する声が高まるにつれ、日教組の組織力は徐々に陰りをみせ始める。槇枝氏が築いた過激な運動スタイルの光と影は、現在の教職員組合のあり方にも複雑な影を落としている。