「なぜ部屋の明かりを消すと、赤いリンゴも青いタオルもすべて灰色に見えるのか?」という疑問の答えは、視細胞の感度差と受容体のメカニズムに集約されます。
錐体細胞が色を識別できるのは、赤色光(長波長:約560nm)、緑色光(中波長:約530nm)、青色光(短波長:約420nm)にそれぞれ最も強く反応する3種類の光受容体(L錐体・M錐体・S錐体)を使い、それらの刺激比率を大脳の視覚野で演算しているためです。しかし、錐体細胞が興奮するためには一定以上の強い光エネルギーが必要です。照度が低下すると、錐体細胞は刺激閾値(反応に必要な最低限のエネルギー)を下回り、活動を完全に停止してしまいます。
代わって活動を始めるのが桿体細胞ですが、桿体細胞が持つロドプシンは波長約500nm(青緑色付近)の光に単一のピークを持つ1種類しかありません。入ってきた光が強いか弱いかという明暗情報しか取得できず、光の波長(色)を比較計算する術がないため、脳に送られる映像信号は必然的にモノトーン(グレイスケール)になります。
この視細胞のバトンタッチが生み出す有名な光学現象が「プルキンエ現象(Purkinje phenomenon)」です。19世紀の解剖学者ヤン・エヴァンゲリスタ・プルキンエが発見したこの現象では、明るい昼間には鮮やかに見えていた「赤色」が、夕暮れの薄暗がりになると急激に黒ずんで暗く見え、逆に「青色」や「青緑色」のものが相対的に明るく浮き上がって見えます。これは、視覚の主役が錐体細胞(感度ピーク約555nm:黄緑色)から桿体細胞(感度ピーク約507nm:青緑色)へと移行することで、眼全体の分光感度が短波長側へシフトするために生じます。
高校生物の教科書でも扱われる視覚伝達経路を整理すると、光の情報は「光受容(視細胞) → 双極細胞 → 神経節細胞 → 視神経 → 視交叉 → 外側膝状体(LGN) → 大脳皮質視覚野」という極めて整然とした電気信号のリレーによって処理されています。明順応(暗所から急に明るい場所に出て眩しさを感じた後、数秒〜1分で慣れる現象)ではロドプシンが一気に光退色して錐体が立ち上がり、暗順応(明るい場所から暗所に入り、20〜30分かけて徐々に物が見えるようになる現象)では分解されたロドプシンがビタミンAを用いてじわじわと再合成されるという、化学反応速度の差がそのまま私たちの知覚遅延となって現れています。