名曲『雨のバラード』が世に出たルーツは、昭和歌謡史における一大ムーブメントであったグループサウンズの衰退期まで遡ります。湯原昌幸がリードボーカルを務めていたバンド「ザ・スウィング・ウエスト」が、1968年5月に発表したシングル盤がすべての始まりでした。
当時、熱狂的な支持を集めていたGSブームは1969年を境に急速に沈静化。全国のジャズ喫茶やゴーゴークラブが次々と姿を消す中、ザ・スウィング・ウエストもまた1969年末に解散を余儀なくされます。バンドの看板を失った湯原は、キャバレーやクラブでの地方回りを続けながら、先の見えないソロ活動の模索を強いられました。
不遇の時代を救ったのは、現場の観客たちの声でした。全国のクラブステージで歌い続ける湯原に対し、客席から毎晩のように寄せられたのが「スウィング・ウエスト時代のあの雨の歌をもう一度歌ってほしい」という熱烈なリクエストです。ステージ上で披露するたびにフロアが静まり返り、涙を浮かべて聴き入る観客の姿を目の当たりにしたレコード会社のディレクターが、ソロ再デビュー曲としての再録音を決断。まさに現場の熱量が埋もれかけた名曲を掘り起こした瞬間でした。