陰謀論が根強く支持される最大の論理的支柱となっているのが、公的結論である圧力隔壁破損の矛盾を指摘する声と、事故直前のオレンジ色の飛行物体 目撃証言である。これらは単なるネットの妄想ではなく、一見すると説得力のある観測事実や物理的疑問を含んでいるため、長年にわたり論争が続いてきた。
まず、圧力隔壁破損説に対する代表的な疑問は、「仮に客室と機尾を隔てる巨大な隔壁が一気に破断したとすれば、機内には猛烈な減圧(爆発的減圧)が発生し、気温はマイナス数十度まで低下、濃い霧が充満して乗客は数分で意識を失うはずではないか」という点だ。実際に生還した非番の客室乗務員・落合由美さんの手記には、「機内に白い霧のようなものが立ち込めたが、すぐに消えた」「突風で物が吹き飛ばされるような激しい状態は続かなかった」という主旨の記述がある。また、酸素マスクの自動投下こそ起きたものの、乗客が墜落直前まで遺書を書き続けられた事実から、「急減圧は起きておらず、尾翼は外部からの衝撃によって破壊されたのではないか」という仮説が導き出された。
これに対し、事故調査委員会およびその後の流体力学的シミュレーションでは、隔壁破損によって生じた開口部は「隔壁全体が吹き飛んだ」のではなく、過去の修理ミスに起因する疲労破壊部が部分的に剥離・開口したものであったと結論づけられている。機内与圧空気はキャビン後部のダクトや天井裏を経由して尾部へと流出したため、機内の気圧低下速度は毎秒約0.03気圧程度と比較的緩やかであった。この現象は「急減圧(Rapid Decompression)」の定義内に収まるものであり、爆発的減圧(Explosive Decompression)ほどの壊滅的急変をもたらさなかったことが、乗客の意識維持を可能にした理由として科学的に説明されている。
もうひとつの火種であるオレンジ色の飛行物体 目撃証言とファントム戦闘機追尾疑惑についてはどうか。当時、相模湾上空から伊豆半島、山梨県境にかけて、「ジャンボ機の後方をオレンジ色の物体が飛んでいた」「戦闘機が追いかけていた」という住民の証言が複数寄せられたのは紛れもない事実である。
しかし、航空機の光学的な見え方と夕刻の太陽光の角度を分析すると、合理的な説明がつく。事故発生時(18時24分以降)の関東山地上空は、西日が強い角度で差し込む時間帯であった。破壊されて脱落した垂直尾翼の破片や、機体外板の金属面が夕陽を反射した際、地上からは鮮烈なオレンジ色の発光体として視認される。また、日航機の機体塗料には鶴丸マークをはじめとする赤・オレンジ基調の部位が存在していた。さらに、防衛庁が緊急発進(スクランブル)させた航空自衛隊百里基地所属のF-4EJファントム戦闘機2機は、墜落地点の捜索のために全速力で現場空域へ向かっており、123便のレーダー消失時刻前後に現場近傍を航行していたため、これが「追尾・攻撃していた」という記憶の混濁へと結びついたのである。