国分太一が芸能界に入ったのは1988年、弱冠14歳のときでした。ジャニーズ事務所のオーディションを経てバックダンサーとしてキャリアをスタートさせた彼は、SMAPの前身グループである「スケートボーイズ」のメンバーとしても活動。当時のジャニーズJr.内でもトップクラスのダンスセンスと鋭いルックスで、熱狂的なファン層を獲得していきました。
同世代のライバルたちがひしめく中で、彼はただ華やかなステージに立つだけでなく、キーボードやピアノの特訓にも打ち込みました。バンド形態でのデビューを見据えた過酷なレッスン時代、後にTOKIOとして共に活動することになるメンバーたちとの絆も深まっていったのです。