近年、世界の昆虫学者たちを最も驚かせたのが「足の裏の常在菌」に関する発見だ。当時高校生だった田上大樹氏が妹の蚊刺され被害の多さをきっかけに行った研究は、国内外の学会で極めて高い評価を受け、その後の学術界における皮膚常在菌研究の起爆剤となった。
田上氏の研究およびその後の追試で判明したのは、刺されやすい人と刺されにくい人の違いは、足の裏の「菌の多さ(不潔さ)」ではなく「常在菌の種類の多様性」にあるという事実だ。足の裏には無数の菌が生息しているが、刺されやすい人の足裏には特定の菌群(ブドウ球菌属など)が多様に存在し、それらが皮脂や汗を分解する過程でイソ吉草酸などの低級脂肪酸を微量に産生している。
さらに米ロックフェラー大学などの国際研究チームが発表した分子レベルの解析によると、蚊を引き寄せる「蚊のマグネット」と呼ばれる体質の持ち主は、皮膚から分泌される皮脂成分の中にカルボン酸(脂肪酸の一種)の濃度が異常に高いことが実証された。このカルボン酸は皮膚常在菌によって代謝されることで独特の皮膚ガスを放ち、何メートルも離れた場所にいる蚊の嗅覚受容体を極度に興奮させることが分かっている。
つまり、「毎日綺麗に足を洗っているのに刺される」という人は、決して衛生状態が悪いわけではなく、皮膚に棲む常在菌叢のバランスが生み出す揮発成分が、偶発的に蚊にとっての最高のごちそうの匂いとして知覚されているのである。