大惨事から半世紀以上が経過した現場、岐阜県加茂郡白川町河岐の国道41号線沿いには、犠牲者の冥福を祈る慰霊碑「天心白菊の塔」が建立されている。
現在、塔の周辺はきれいに整えられ、白川町や道路関係者、遺族の手によって定期的な清掃と献花が続けられている。塔の傍らには、事故の経緯と犠牲者の名前が刻まれた石碑が並び、通りがかるドライバーや防災関係者が手を合わせる姿が絶えない。
現場周辺の国道41号線は、事故後に抜本的な改良が施された。急峻な崖面には頑丈な落石防護柵や法面補強工が張り巡らされ、土砂崩壊を常時監視するセンサーが配備されている。さらに近年では、飛騨川沿いの危険区間を安全にバイパスする新トンネルや高架橋の整備が進展し、走行環境の安全性は劇的に向上した。
しかし、自然の地形そのものが消え去ったわけではない。幾重もの対策が講じられた現在でも、台風や集中豪雨の際には厳しい事前規制が敷かれ、安全が確認されるまでゲートが硬く閉ざされる。天心白菊の塔は、利便性の陰に潜む自然への畏怖を現代のドライバーに無言で語りかけ続けている。