『松林図屏風』の鑑賞において見逃せないのが、卓越した視覚効果を生み出す革新的な描画技法です。
画面の手前に位置する松は、力強い濃墨とかすれを用いて輪郭を際立たせ、奥に後退するにつれて淡墨でぼかす「空気遠近法」が極めて高い精度で適用されています。西洋絵画のような幾何学的・線原点的な遠近法ではなく、湿度を帯びた空気そのものの厚みによって前後関係を錯視させる手法は、等伯ならではの独壇場です。
また、松の針葉を描く筆致には、通常の絵筆だけでなく、「藁(わら)を束ねた藁筆や使い古した荒い刷毛」が使われたと推測されています。一気に振り下ろされた荒々しいストロークが、風にざわめく松葉の質感と大気の流動感をリアルタイムで生み出しています。
さらに注目すべきは「余白の美」です。何一つ描かれていない空白部分が、単なる「描かれていない紙」ではなく、濃密な朝霧や雪解けの蒸気として立ち現れる構図の巧みさは、東洋美術の到達点と呼ぶにふさわしい見どころとなっています。