物語の起点となるのは、医療機器メーカー「富士レックス」に勤める加能鉄平(上川隆也)が、妻・夏代(安田成美)の伯母の遺品整理を機に目にした一冊の預金通帳です。そこに記されていた残高は、利息や運用益を含めて約48億円。結婚生活20年以上、節約を重ねて慎ましく暮らしてきた妻が、結婚前から巨額の個人資産を保有していた事実でした。
視聴者が最も息を呑んだ「なぜ妻は48億円もの巨額資産を秘密にしていたのか」という疑問。公式資料や作中の描写を丹念に追うと、その背景には夏代の生い立ちと、夫に対する複雑で深い情愛が存在していました。夏代の伯母・木内波江(香山美子)は金沢の旧家出身で莫大な資産を有していましたが、富が原因で親族間の醜い争いや破滅を目の当たりにしてきた人物でした。伯母は夏代に遺産を譲る際、「お金に人生を支配されてはならない」という教訓を残します。
夏代自身、金を理由に人が豹変する恐怖を熟知していました。だからこそ、何よりも惹かれた鉄平の「誠実で、他人のために泥臭く汗を流せる純粋さ」を、金という劇薬で汚したくなかったのです。遺産に頼れば、鉄平が懸命に築き上げようとしている仕事への誇りや自尊心を奪ってしまう。それが、四半世紀近く秘密を墓場まで持っていこうとした第一の理由でした。
では、なぜ平穏に見えた日常の中で、夏代は唐突に「1億円」を手渡し、距離を置く選択をしたのか。そこには、会社で理不尽な派閥争いや左遷の危機に晒され、心身ともにすり減っていた夫の姿がありました。「このままでは夫が会社の歯車として潰れてしまう」と察知した夏代は、夫が自分の意志で人生を選び直すための元手として1億円を提示したのです。
本作におけるタイトルの意味は、決して安易な「手切れ金による夫婦の絶縁」を指すものではありません。世間体や企業社会の理不尽、そして長年無意識に縛り付けられていた「養う側と養われる側」という夫婦の呪縛に対する「さようなら」です。1億円という現実離れした切符を渡すことで、夏代は鉄平に「あなた自身の足で、残りの人生をどう歩むのか」という覚悟を問うたといえます。