多くの視聴者が抱いた「なぜ安定した人気局アナの座を手放したのか」という疑問に対し、桝太一が一貫して語っている退社理由は「科学を社会へ適切に伝える専門家(サイエンスコミュニケーター)になりたい」という強い信念です。
転機となったのは、2011年の東日本大震災や近年の新型コロナウイルス感染拡大でした。科学的な事実やリスク評価が正しく伝わらず、社会に混乱や分断が生じる現場を報道の最前線で目撃したことで、一アナウンサーとしての情報伝達に限界を感じたと明かしています。「専門家と一般社会の間にある情報の壁をどう埋めるべきか」を学問として体系的に研究し、自ら実践者として架け橋になる必要性を痛感したことが、40歳という節目での退社決断へとつながりました。
局アナの枠組みの中に留まったままでは、他局での発言や中立的な学術研究に制約が生じます。自らの身を大学という学術機関に置き、客観的な研究者としての立場を手に入れることこそが、彼にとって譲れない選択肢でした。