花沢家の正妻の子として生まれ、清廉潔白で周囲からの愛情を一身に受けて育った花沢勇作は、尾形にとって自身の「欠落」を突きつける最も残酷な鏡でした。日露戦争の激戦地・旅順において、勇作は尾形を「兄様」と呼び、純粋な敬意と親愛の情を向けます。
しかし、父に愛されず泥水をすすって生きてきた尾形にとって、勇作の無垢な善意は自己の存在を全否定されるような耐え難い苦痛でした。「人を殺しても罪悪感を持たない人間がいるのか」を証明するため、尾形は戦場の混乱に乗じて勇作の頭部を背後から撃ち抜きます。この瞬間から、勇作の「見つめる瞳」は尾形の網膜に焼き付き、生涯彼を苛み続ける呪縛となりました。
樺太編で杉元に狙撃され、頭部手術によって左目の傷を負い義眼となって以降も、失われたはずの左側の視界には常に勇作の幻影が立ち現れ、尾形の精神を静かに侵食していきました。