彼のキャリアを語る上で、青山学院大学時代の劇的なドラマを避けて通ることはできない。大学4年時、箱根駅伝での快走を見せながらも、すでに大手企業への就職が内定していた彼は、競技引退を決意していた。しかし、卒業直前に出場した別府大分毎日マラソンでの衝撃的な初優勝が、彼の運命を180度変えることになる。
「あの時、走ることを辞めていたら今の自分はない」と、彼はのちに語っている。内定を辞退し、プロのランナーとして生きる道を選んだ決断は、当時の陸上界でも大きな議論を呼んだ。しかし、その退路を断った覚悟こそが、現在の彼の強さの源泉になっていることは疑いようがない。