園川一美の野球人生は、名門・熊本工業高校から本格的なスタートを切りました。甲子園出場を果たした高校時代を経て、九州東海大学(現・東海大学九州キャンパス)へと進学。九州六大学リーグでは圧巻の奪三振ショーを演じ、ノーヒットノーランを達成するなど、瞬く間にドラフト戦線の目玉へと成長を遂げます。
1985年のドラフト会議において、ロッテオリオンズから2位指名を受けて入団。当時のロッテは川崎球場を本拠地とし、観客動員に苦しみながらも個性派投手を多数擁する独特のチームカラーを放っていました。入団当初から左の即戦力として期待された園川は、ルーキーイヤーから一軍のマウンドを経験し、先発・中継ぎ・抑えを問わずあらゆる局面で腕を振り続けました。
本拠地が千葉マリンスタジアムへと移転し、チーム名が「千葉ロッテマリーンズ」へと改称された後も、園川は左のエース格としてローテーションの屋台骨を支え、暗黒期と呼ばれた低迷期を孤軍奮闘で支え抜いたのです。