ネット上のファンコミュニティで何十年にもわたり激論が交わされているのが、「ウンソはジュンソではなく、テソクを選ぶべきではなかったのか?」というテーマです。
ハン・テソクは財閥の御曹司でありながら、ウンソの病気を知っても決して見捨てず、私財を投げ打って最高峰の医療チームを手配し、実の家族以上に彼女を守ろうとしました。経済力、行動力、そして無償の献身という観点から見れば、現代の結婚観・幸福論において「テソクの方が100倍幸せになれた」と考える読者が多いのも頷けます。
しかし、物語が描こうとした本質は、合理的な幸福ではありませんでした。ウンソにとってジュンソは単なる恋愛対象ではなく、自らのアイデンティティ(存在証明)そのものでした。どれほどテソクが優しく包み込もうとも、幼少期に魂を分け合ったジュンソとの絆を上書きすることは不可能だったのです。
また、「ジュンソは婚約者ユミを裏切った最低の男」という批判も根強く存在します。確かに道徳的観点からは批判を免れませんが、自らの社会的立場や婚約者の命懸けの執着を捨ててまでウンソの元へ走った彼の破滅的な情熱こそが、このドラマを単なるファミリードラマから神話的な悲劇へと押し上げた原動力でした。