インターネット掲示板やSNS上で長年囁かれてきたのが、太陽公園はやばい噂の真相を巡る憶測です。「新興宗教の秘密道場ではないか」「巨額の資金が投じられたバブルの負の遺産ではないか」という不気味な噂は、静かな播磨の里山に突如現れるノイシュヴァンシュタイン城や、山中に整然と並ぶ約1,000体の兵馬俑という狂気すら帯びた景観のインパクトから生み出されたものでした。
だが、公式な法人記録と関係者の証言が語る実態は、そうした俗説とは180度異なる崇高なものでした。この公園の生みの親は、地元で福祉事業を展開してきた社会福祉法人「愛光社会福祉事業協会」の創設者である故・門口堅蔵(かどぐち けんぞう)氏です。門口氏が私財を惜しみなく投じて1992年に開園させた、建設の背景と設立理由には、胸を打つ明確な原体験がありました。
当時、障害を抱える人々にとって、車椅子を押して海外旅行に出かけることは制度的にも交通インフラ的にも極めて高い壁が存在していました。重度の身体障害や知的障害を持つ入所者たちが「生きているうちに一度でいいから世界遺産を見てみたい」と漏らした切実な願いを耳にした門口氏は、「自力で海を渡れないのなら、世界の文化遺産をこの姫路の地に丸ごと持ってくればいい」という、常人では考えられない壮大な決断を下したのです。園内には現在も障害者就労継続支援施設が併設されており、入園料や園内消費は福祉雇用の創出と自立支援の資金として直結しています。「やばい」という安易な好奇のラベルの裏側には、半世紀近く前の日本において福祉のバリアを突破しようとした、血の通ったヒューマニズムの結晶が存在しています。