辰巳琢郎の知性派としての原点は、名門・京都大学文学部(哲学科美術史学専攻)にあります。大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎という屈指の進学校から京大へ進んだ彼は、単なるガリ勉にとどまらず、学生時代に演劇の熱狂へと身を投じました。
大学在学中の1976年、自ら劇団を立ち上げ、後に数々のスターを輩出することになる「劇団そとばこまち」の初代主宰・座長として関西小劇場界に旋風を巻き起こします。当時の関西演劇界では、生瀬勝久(当時は槍魔栗三助)らと共にエネルギッシュな舞台を次々と創り出し、演劇人としての確固たる基礎を築きました。
大学卒業後、1984年のNHK連続テレビ小説『ロマンス』で全国放送のテレビドラマに初出演を果たし、爽やかな二枚目俳優として一気にブレイク。高学歴と確かな演技力を兼ね備えた新時代の俳優として、芸能界に鮮烈な足跡を刻み始めました。